銀河鉄道の夜

家庭教師のバイトにで、最近は自転車で30分かけて生徒の自宅まで通ってる。終わると夜の11時。寒さが身に沁み、再び自転車に乗るのがはばかられる。そんな時に夜空を見上げると、オリオン座や北極星が美しく輝いている。すると、冷えたグラスにビールを注いだように、空っぽになった心に感動が満ちる。
人類が宇宙を解明しようとしてきた歴史は、文明が発達した歴史に等しく長い。古代人は、空を見上げ、天の大きさを、宇宙の成り立ちを推測した。まずは、地球を中心とする天動説が主流を占め、やがて、ガリレオコペルニクスによって、地動説が観測的にも理論的にも実証された。それからも、宇宙の大きさを明らかにするために、数多くの天文学者が望遠鏡や幾何学を駆使し、研究が続けられた。宇宙は、太陽を中心として存在しているのか、それとも、多数の銀河が宇宙空間に散らばっており、太陽系が属する天の川銀河は、多数あるうちの一つの銀河なのか。やがて、高性能の望遠鏡と理論が、宇宙は、多数の銀河によって成り立っていることを証明した。そして、天才アインシュタインによって、相対性理論が発表され、覆ることの無い宇宙の法則が築き上げられた・・・。

「銀河の時代(上)」には、人類が宇宙を対象として、行ってきた観測、研究の歴史が簡潔にまとめられている。著者は、歴史の扱いに対して、これ以上ないほど慎重で、確固たる事実のみが時系列に著述されている。
例えば、有名なガリレオの裁判。ガリレオは地動説を唱えたために、キリスト教の秩序を乱す厄介者扱いされ、悲劇のヒーローとなったことは、有名な話だ。しかし、著者は、ガリレオローマ・カトリック教会にこれまでの天動説から地動説に改宗するよう執拗にせまった結果、裁判にかけられたと記述している。あくまで、ガリレオを悲劇のヒーローに仕立て上げるのでなく、自業自得であるというスタンスに立っている。このように、事細かに宇宙の解明と各時代に活躍した天文学者の真の姿が描かれている。

印象に残った科学者は、二人いる。それは、ケプラーハーシェルだ。ケプラーは言わずもがな、惑星は太陽の周りを楕円軌道で回っていることを証明したいわゆるケプラーの法則を発見した人物。けれど、その明晰な頭脳の持ち主にもかかわらず、それに匹敵する職業に就くことができずに何年も過ごした。それは、ケプラーが典型的なアウトサイダーで外見にはまったく配慮せず、いつも染みのついた服を着て、極度の神経質で、自己嫌悪の塊であったらしい。そんな性格のケプラーがのちのちに現代の物理の教科書に引き継がれる理論を導き出したのだから、爽快だ。処遇に恵まれず、それでも努力を怠らずに、これと決めたことに取り組み続けたケプラーの生き様とその成果に感服した。
ハーシェルケプラーと同様尊敬に値する。ハーシェルは18世紀に活躍した天文学者で、太陽系よりも外にある星の観測をテーマとした。そのためには、できるだけ、遠くの宇宙を見る望遠鏡が必要であるため、自作の望遠鏡作りにも没頭した。その熱意は、巨大なレンズを作るために、なんと馬の糞で鋳型を作り、そこに鉄を流し込むと言う暴挙を試みるまでだった。その結果は、失敗で、鉄を流し込んでいる最中に鋳型がひび割れ、鉄が流出、ハーシェルの自宅が鉄まみれになってしまったという。それでもめげずに、ハーシェルは、王宮の援助を受け、世界最大の望遠鏡を作るなど、死ぬ直前まで天体観測に費やした。18世紀には、まだ太陽系が宇宙の中心であると考えられていた中でハーシェルは太陽系の外にある銀河をいくつも観測していた。その熱意と行動力は、誰にもまねできたものじゃないだろう。これさえあれば、他には何もいらないと覚悟を決めた者の勢いと成果。本当に何かを成し遂げようと思うなら生半可じゃない覚悟がいることをケプラーハーシェルは教えてくれた。

人類は常に空を見上げ、宇宙の魅力にとりつかれてきた。そして、多くの天文学者は宇宙の解明ただそれだけを目標とし、日進月歩してきた。そのあまたの熱意の集積が現代の宇宙論にある。けれど、X線望遠鏡など、様々な望遠鏡が開発されている現在でも、解明されていない謎は多い。日常の雑事に疲れたら、心を空っぽにして空を見て、えせ天文学者になるのも一興かもしれない。

銀河の時代―宇宙論博物誌〈上〉

銀河の時代―宇宙論博物誌〈上〉