宇宙の長ーい歴史

相変わらずな、研究室での研究。今年度はベスト地味ーニスト受賞間違いなしな年末を送っている。とはいえ、地味な作業がやっと実を結び、そろそろ憎たらしいロボットもちゃんとした成果をあげそうな予感。何をするにしても、地道な努力なくして成功はありえないのだろう。そして、否応無く2008年はもうすぐ終わる。
2009年になると、いよいよ2010年も間近、2000年代も終わりやなという気分が増してくるような気がする。そうなると、10年間の年月をしみじみと実感する。1999年から2000年になる時の記憶は鮮明なものだ。2000年問題で持ちきりだった。世界中のパソコンが2000年になった瞬間に誤作動を起こすと言われていて、自分は、そんなこと起こるわけないやろと思う反面、もし起こったらどうしようとドキドキしながらカウントダウンをした記憶がある。2001年にはアメリカで同時多発テロがあったりしたが、2009年にもなるとそんな出来事が色褪せるわけではないが、思い出ではなく過去の歴史として記憶に留まっていくような気がする。10年という歳月は、経験を、懐かしい思い出から、ああそんなこともあったなと、感動もあまり大きくなく思い出す歴史に変えるような気がする。そう考えると、時間の長さを感じずにはいられない。10年という歳月は、懐かしさの入る余地のない絶対的な時間単位となり、確固たる過去を確立している。
とにかく、2000年代はもう佳境にさしかかり、自分は、2000年代を一秒もはみ出すことなく生きてきた。そして、そのことに納得も後悔もできず、時間との折り合いをつけられないまま、2009年を迎える。自分の築いてきた歴史に納得できる時とはどんな時なのであろうか。死ぬ直前か、目標を達成した瞬間か。いずれにしても、納得するために毎日を生き、毎日努力していきたい。
10年という時間について少し考えてみたが、この10年で天文学も飛躍的に進歩した。特に、2003年にNASAが探査衛星WMAPにより、宇宙背景放射(宇宙誕生直後に放出された光)の観測結果を発表し、宇宙の年齢が137億年前と断定された。つい最近の11月には、スイスとフランスの地下に山手線ほどの長さのトンネルのような加速器が作られ、陽子を互いに光速にまで加速させて衝突させる実験が行われている。宇宙の初期の頃は、宇宙が小さかった分、高密度で温度が高く、陽子や電子など様々な素粒子がバラバラに光速近くの速さで飛び交っていたといわれているが、この実験により、陽子同士を衝突させて、宇宙の初期の頃の状態を再現し、その衝突によって、新たに生まれる素粒子、しかも宇宙の初期の頃にしか存在しなかった素粒子を観測しようと試みられている。これは、宇宙の誕生の瞬間を探る画期的な実験である。
このように、この10年で、宇宙論も飛躍的に進歩してきた。その進歩の歴史が、「宇宙 137億年の謎」に分かりやすく書かれている。宇宙が、光と素粒子が入り混じった高温だった頃から、インフレーションで膨張し、やがて宇宙の温度が下がり、銀河が作られていく過程を、天文学者が打ち立てている理論をわかりやすく噛み砕いて紹介している。現在分かっている宇宙の歴史を難しい数式を使わずに網羅している一押しの宇宙入門書である。
個人的に特に印象的だったのは、宇宙背景放射の温度揺らぎの観測から、宇宙には大量の暗黒物質と暗黒エネルギーで満ちていることが判明したことを紹介していた所だ。宇宙背景放射とか暗黒物質とかそんなこと急にいわれてもよくわからないと思うので、少し解説する。
まず、宇宙背景放射とは、宇宙の誕生直後に放出された光である。宇宙の誕生直後は,物質よりも光が多く満ちていたので,あらゆる方向に光が飛び交っていたと考えられている。そして,宇宙は誕生してから膨張しているので、この宇宙背景放射も宇宙の誕生直後から、膨張している宇宙をあらゆる方向に進行する。そして、光は波の性質を持っているのであるが、この膨張する宇宙を進行することにより、宇宙の波長が引き伸ばされる。天文学者らは、その波長が引き伸ばされたマイクロ波を地球付近で観測して、宇宙の初期の状態を知ったのだ。何故、波長を観測することで、宇宙の初期の状態を知れたかというと、観測結果を、ある性質に当てはめたからだ。その性質とは、光は高温の物体から発せられるほど、エネルギーが高く、波長が短いというものだ。この性質により、波長の長さから、物体の温度を推測することが可能になる。このようにして、宇宙背景放射の温度観測に成功した。
ここまでは、宇宙背景放射の説明であったが、ここからが重要だ。現在さかんに議論されているが、何故,宇宙背景放射から暗黒物質の存在が予測されるのか。
実は、宇宙背景放射を観測し,その波長から算出した温度には少しの揺らぎがある。10万分の1度高温の背景放射と10万分の1度低温の背景放射があるのだ。これは何を意味するかというと、宇宙背景放射は、宇宙初期の頃の光であるから、温度揺らぎがあるということは、宇宙の誕生初期の時代に温度揺らぎがあったということになる。つまり,温度の揺らぎは密度の揺らぎでもあるので、初期の宇宙は、光、電子、陽子などの素粒子などの密度が一様ではなく違いがあったということである。
宇宙の初期の頃に密度の揺らぎがあったことを解説したが、さらにここで重要になってくるのは、観測結果では、10万分の1しか温度の揺らぎが観測されなかったということである。現在の宇宙は宇宙の始めに比べて約1000倍大きくなっている。つまり、宇宙の初期の頃の温度の揺らぎは,現在では、1000倍になっているはずである。しかし、観測された温度の揺らぎ、密度の揺らぎは、10万分の一の揺らぎである。この観測結果を現在から過去にさかのぼって換算すると宇宙の初期の頃の密度揺らぎは、100分の1になる。この値の意味においてやっかいなのは、実は揺らぎの大きさが小さいことである。宇宙の成長は、宇宙の初期の頃においては、密度の大きい物質がその重力でさらに周囲の物質を引き込み成長してどんどん大きくなり、やがて恒星や銀河に成長すると考えられている。このように順調に宇宙が成長するためには、計算では、密度の揺らぎは、宇宙の初期で,1以上でなくてはならないと言われている。けれど、実際の観測結果では、100分の1となってしまった。これでは、密度の揺らぎが小さく、密度の大きい物質がどんどんその重力で周囲を巻き込んで、さらに密度を大きくしていき、やがて恒星や銀河が生まれるというような過程を経ることが出来ない。
そして,いよいよ暗黒物質の登場だ。この宇宙初期の密度の揺らぎが小さいがために,物質同士が結集し,恒星や銀河が構成されることはないという問題を解決するために考案されたのが,暗黒物質というものだ。暗黒物質は,光を素通りさせるが,重力を回りにおよぼす物質であると考えられている。具体的に銀河構成においては,宇宙の初期の頃は,密度揺らぎが100分の1と小さかったが,この暗黒物質の重力によって,陽子,電子などの素粒子暗黒物質周辺に結集し,さらに密度揺らぎによる素粒子の結集と相まって,物質が結集する力が大きくなり,恒星や銀河が構成されたのではないかと推測されている。
天文学者は,観測結果が語る事実という難問にウルトラジGの想像力で答えた.実際に,現在は,暗黒物質の存在を証明する実験結果が得られており,暗黒物質の存在は保証されつつある。
話がかなり長くなってしまったが,天文学者は,難問にぶち当たっては,想像力を働かせ,あーでもない,こーでもないとうなりながら,解決方法を探っていたのだろう。科学と聞くと,数式や小難しい理論ばかりで埋め尽くされている印象を持っている人は多いと思うが,その科学の根源にあるのは,人間の豊かな想像力であるのだ。その想像力を存分にいかして,暗黒物質の存在にまでたどり着いた人類の英知には感服だ。
作家であれ,学者であれ,想像を形にするって凄いよなあ。

宇宙137億年の謎 (図解雑学)

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