仮設住宅撤去を目前に控えた今

能登半島地震からもうすぐ2年を迎える、石川県輪島市の山岸仮設住宅を訪問した。3月9日現在で、38世帯79人が入居する仮設住宅は、4月30日に閉鎖する。仮設住宅入居者は、公営住宅への入居手続きなどに奔走していた。【3月9日】

「敷金、礼金までは覚悟していた。でも、保証人の所得証明書までは提出できない」と入居者の女性は嘆いた。公営住宅に入居するのに必要な書類だが、例え身内でも所得証明書を頼むには気が引けるという。公営住宅への入居説明会は、2月24日から3日間仮設住宅で行われたが、仮設住宅入居者の本多安太郎さんは「何故早く説明しなかったのか。入居できない人が出てくるのが、見え見えではないか」と言う。そんな中、山岸仮設住宅の区長の藤本幸雄さんは、引越しの日程を決めたり、入居手続きの条件交渉をするなど、行政との調整に追われている。集会所のカレンダーには毎日の予定がびっしりと書き込まれ、胃を痛めているが「地震で助かった命、何かの役に立てれば」と区長として外部との連絡役をこなしている。

藤本さんは、2年間を振り返って「仮設住宅に何が必要で何がいらないか、いろんなことが見えてきた」という。その中でも、入居者の「本当の声を知って欲しい」という思いがあるという。周囲からは仮設住宅だけが優遇されているという風評がある。しかし、「4畳半の仮設住宅では、夏は暑く、冬は寒い。アクリルの毛布を使用しているために肺を悪くし、便秘になった入居者も多くいる」という。藤本さん自身、風評被害を恐れて、飲みに行ったのは2年間で1度だけだ。

5月1日からは、これまで一緒だった入居者らは新たな生活を始める。藤本さんは、「これからが大事。孤独死を防げるシステムができたら一番」という。藤本さんの夢は「能登半島に電車を走らせること」。輪島市が観光地として繁栄することを望む。本多さんは、自宅再建を決断し、ローンを組んだ。「35年のローンを払い終えるまでは、復興は終わっていない」という。

【取材後記】仮設住宅の入居者は、身体的にも経済的にもぎりぎりの状態で生活していることを知った。さらに、その現状を行政や周囲の人々が、正しく認識していないために、様々な摩擦が生じていることもわかった。地震は、いつどこで起こるかわからない。被災者には何の落ち度もない。にもかかわらず、周囲の無理解から不必要に苦しんでいる人々がいる。被災地の現状をしっかりと忘れずにいることから始めようと思った。