走ることについて語るとき僕が語ること

を読むと,己の軟弱さと正座して向かい合わずにはいられない.なんならお茶菓子でも出しましょかと,その場から一時退避することも許されない.
勤勉でないことが軟弱なのではなくて,己が一度決めたことを,何やかんや言い訳をして,実行しない軟弱さのことである.

例えば,毎日,腕立て,腹筋,背筋を100回ずつするぞ,なんて誓いをたてといて,初日の腕立て30回目ぐらいで諦めたこととか.あろうことか,実質100回ぐらいの価値のある腕立てやったわ,何て屁理屈をこねて自分を納得させていたことなんて,切腹ものである.

そんな細かいことから大きなことまで,あらゆることを有言実行することは不可能だ.だが,少なくとも村上春樹は,かなりの高確率で,有言実行しているはずである.フルマラソンで最後まで歩かないと決めたら,歩かない.一ヶ月に走ると決めた距離を一ヶ月で走りきる・・・.

少なくとも彼の実生活で,一貫していることは,自分を大きくみせようとしたりしないことである.自分ができるギリギリのところを見極めて,それを実行する.マラソンにおいても,小説においても.だから,フルマラソンで特別に速いタイムで完走していなくても,彼のフルマラソンに臨む態度,過程は,他の人とは少し違う特別なものとなり,ストーリーとなる.その少し違う特別なものに,自分は惹かれずにはいられなかった.

自分を大きくみせようとしない,そんな人生を送りたいものです.

走ることについて語るときに僕の語ること

走ることについて語るときに僕の語ること